東京ヤクルトスワローズの若き主砲・村上宗隆選手。若干21歳ながらチームで4番を任され、桁外れの飛距離を放つ長打を持ち味とし、将来日本を代表するスラッガーとして期待されています。
そこで今回は村上宗隆選手のプロフィールとともに、家族(父親、母親、弟)についてもチェックしていきたいとおもいます!
村上宗隆(ヤクルトスワローズ) プロフィール(経歴,成績,出身地)
- 名前:村上 宗隆(ヨミ:ムラカミ ムネタカ)
- 生年月日:2000年2月2日
- 出身地:熊本県熊本市
- 身長:188センチ
- 体重:97キロ
- 投打:右投左打
- 経歴:九州学院高等学校-東京ヤクルトスワローズ
幼少期から野球を始めた村上宗隆選手は、地元熊本県の強豪である九州学院高等学校に進学します。
進学後1年生ながらファーストのレギュラーを掴むと、夏の甲子園に出場。しかし結果としては4番打者として出場するも無安打で初戦敗退となりました。甲子園出場経験は1年夏のみとなりましたが、高校通算では52本塁打を記録し、高校生離れしたパワーでプロスカウトの注目を浴びました。
その後、2017年ドラフト会議で外れ1位ながらも3球団が競合し、東京ヤクルトスワローズへ入団。同年ドラフト会議では早稲田実業の清宮幸太郎選手が話題となっており、本人の中では高校時代からのライバルに対し、プロの世界では見返すような思いがあったのかもしれません。
入団1年目は2軍で高打率をキープし、打点も20を記録すると、フレッシュオールスターにも4番打者として出場。シーズン終盤には1軍昇格を果たすと、初打席で本塁打を記録します!
2年目からは開幕1軍を掴み取ると、19歳にして主砲としてチームを牽引。またオールスターゲームに三塁手部門でファン投票1位で選出され、ホームラン競争にも出場し、スター街道を歩夢と、シーズンを通してチーム唯一の143試合全試合出場、36本塁打、96打点という記録を残しました。
そして2020年、2021年シーズンもチームの4番打者として、ヤクルトには欠かせない選手となっています。
村上宗隆 兄弟の名前は?
11/1 横浜スタジアム
東海大学
村上 友幸(④東海大熊本星翔) pic.twitter.com/5m4aIFGhEF— Yです⚾️ (@kngw_baseball) November 1, 2019
村上宗隆選手の家族についてもチェックしていきます。村上選手は3兄弟の次男で、兄と弟も野球をしている野球一家だそうです!
兄の名前は友幸さんで東海大星翔から東海大学へ進学し、現在は自動車内装品メーカーであるテイエステックという会社で同社野球部に所属しているそうです。
ちなみに弟の名前は慶太さんで現在兄の出身校である九州学院高校で野球をしているので、今後の活躍に期待したいですね!
村上宗隆 弟の高校
【速報】村上宗隆の弟、現る#swallows#ファン感謝デー pic.twitter.com/D4evlXXo1A
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前述した通り、村上宗隆選手の弟である慶太さんは現在九州学院高校の野球部に所属しています。
兄と同様に内野手(ファースト?)でプレーしており、更には右投左打という兄とほぼ同じスペックを持っています。
ヤクルトファンとしては、村上3兄弟がヤクルトでプレーしてくれたら嬉しいでしょうね!
村上宗隆 家族構成(父親,母親)について
村上宗隆選手の家族についてご紹介したいと思います。父親である公弥さんは息子さん達に対し礼儀作法に関して厳しく指導していたそうです。愛する息子さんたちのために食事のマナー、挨拶に関してしっかり教育し、はときには手を上げたこともあったそうです。
そんな厳しい父に対し、母親である文代さんは息子さん達に対し優しく接し、教育したそうです。
村上選手自身、幼少期の厳しい教育があったからこそ、今の自分になれたと感じているでしょうし、感謝していることは間違いないでしょうね!
父の公弥さんは宗隆さんがヤクルトからドラフト指名された際、このようにコメントしています。
スポンサーリンク「契約金は退職金のようなもの。すべて息子に託します。大事なのは年俸です。頑張った分だけ上がる。何よりケガに気をつけてほしいですね。プロ野球選手は個人事業主。事故やケガをしたら仕事が立ち行かなくなってしまいますから」
ドラフト指名されたことに甘んじることなく、厳しい世界で生き抜くためにコメントした父の公弥さん。現在ヤクルトの主軸になるまで成長した姿を見ると、嬉しい限りでしょうね。
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