プロ野球を彩るに欠かせないものは、実際のプレー以外にもさまざまあります。
日本のプロ野球で言えば、各球団の熱気あふれ、統率のある応援スタイルはその代表かもしれません。
他にもビールの売り子と球場で仲良くなったり、各球団のマスコットキャラクターなども有名です。
そして、一番忘れてはならないのが、球場のアナウンスを務める、ウグイス嬢ではないでしょうか。
かつては、球場のアナウンスを務め、球場の雰囲気を支える「影の立役者」としてのイメージが強かったウグイス嬢ですが、
現在では、各球場の名物となっているウグイス嬢の方もいらっしゃいます。
有名な方でいうと、北海道日本ハムファイターズの杉谷拳士選手の打撃練習の際に、やや小馬鹿にしたような紹介を行う、
埼玉西武ライオンズの本拠地・メットライフドームのウグイス嬢、鈴木あずささんや、
かつては、オリックスバファローズの二軍試合で「セクシーすぎるウグイス嬢」として話題となった、藤生恭子さんなどがいらっしゃいます。
今回はそんな中でも、ウグイス嬢の中で最も有名であると言っても過言ではない。この方を紹介します。
アナウンスが非常に特徴的であることで一躍有名になった、千葉ロッテマリーンズの本拠地・ZOZOマリンスタジアムでウグイス嬢を務める谷保恵美さんです。
千葉ロッテマリーンズ誕生当時から、チームを、球団を「声で支え続ける」谷保恵美さん。
一体どんな方なのでしょうか。早速紹介していきたいと思います。
谷保恵美さん(千葉ロッテマリーンズ・ウグイス嬢)のプロフィール・経歴・成績・出身地について
谷保恵美さんは、1966年5月11日生まれの53歳(2020年3月現在)。
北海道帯広市出身で、小学校から高校まで地元北海道で過ごしました。
高校は、地元の帯広三条高校に進み、高校時代は、谷保恵美さんのお父さんが野球部の監督を務めていたこともあり、谷保恵美さんはその野球部のマネージャーを務めていました。
お父さんが野球部の監督であったことから、谷保恵美さんも幼い頃から野球に触れていたのかもしれませんね。
高校卒業後、谷保恵美さんは札幌大学女子短期大学部に進学しました。
大学時代も、札幌大学の野球部のマネージャーを務めていたそうです。
父親の影響という部分も大いにあると思いますが、真の野球好きとしてのめり込んでいったのですね。
そして短大卒業後「野球に関わる仕事がしたい」という夢を叶えるために、場内アナウンスの求人を探し続けた谷保恵美さん。
しかし、なかなか場内アナウンスの求人が見つからず、当時募集をしていたロッテオリオンズ(現・千葉ロッテマリーンズ)の経理担当として入社することになりました。
夢であった「場内アナウンス」の仕事ではなかったものの、野球に関わる仕事をするという夢を叶えた谷保恵美さん。
しかしその後、ある転機が訪れます。
ある2軍戦での試合で、場内アナウンス担当に空きが出たため、その試合の場内アナウンスを任されることになったのです。
その試合で図らずとも「場内アナウンスを務める」という夢を叶えた谷保恵美さんは、その場内アナウンスの評判から、ついには、1軍の試合でアナウンスを務めることになったのです。
まさにこれが、現在の「有名ウグイス嬢」としての第一歩になったわけです。
その後は、千葉マリンスタジアム(現・ZOZOマリンスタジアム)での主催試合でウグイス嬢を務め、1996年10月から現在に至るまで連続試合担当を務めています。
まさに「ウグイス嬢界の鉄人」と言っても良いのではないでしょうか。
その連続試合担当の記録ですが、2018年6月にロッテ主催1軍公式戦1,500試合連続アナウンス担当を記録し、2019年7月には公式戦通算1,800試合アナウンス担当を記録しています。
直近では、ロッテ主催の公式戦が本拠地のZOZOマリンスタジアム以外で行われるケースも多く、地方開催の主催試合でも谷保恵美さんが担当し、
キャンプ中に行われる石垣島での練習試合などでも谷保恵美さんも遠征をしてアナウンスを務めています。
過去には、その有名さから、埼玉西武ライオンズとの「ライバルシリーズ」として行われた埼玉西武ライオンズ主催試合でも、メットライフドームで千葉ロッテマリーンズの攻撃時にアナウンスを務めるなど、
まさに「千葉ロッテマリーンズの象徴」として存在していることが分かります。
また最近は、その有名さから、しばしばテレビ番組に特集として取り上げられることも多く、これまで素顔はあまり明かされなかった「ウグイス嬢の容姿」もテレビを通じて見ることが出来るようになっています。
そして2020年。新型コロナウィルスの影響で無観客試合で行われているオープン戦で、アナウンスを務めた谷保恵美さんは、
自身の場内アナウンスを通じて「中継をご覧のファンの皆様も、ぜひ熱いご声援をよろしくお願いいたします。」といった粋なアナウンスを行ったことで、注目を浴びました。
谷保恵美さん自身も無観客試合でのアナウンスは練習試合以外では初めてであったということですが、こんな未曾有の事態の中でも、機転が利くアナウンスが実施できるのも、アナウンス歴30年にもなる経験があるからではないでしょうか。
また、谷保恵美さん自身が「野球好き」であるということから、こういったセリフが生まれたのかもしれません。
谷保恵美さんは球場に持参する7つ道具があるそうで「スコアブックと4色ボールペン。双眼鏡。電波時計。選手名鑑とのど飴。そして過去の試合の記録や成績表」を持ち込んでいるようです。
球場のウグイス嬢というと「アナウンスを行うだけ」というイメージの方もいらっしゃるかと思いますが、このように「野球を理解し、把握した上でアナウンスを行う」の非常に大事なようですね。
まさに幼い頃から野球に囲まれながら育った谷保恵美さんだからこそ出来る職業であったのかもしれません。
今や千葉ロッテマリーンズの一番の理解者といっても良いのではないでしょうか。
谷保恵美さんは結婚して旦那さんがいる?それとも独身?
引用:アドタイ
1990年からウグイス嬢として活躍し、1996年から連続試合担当を記録している谷保恵美さん。
気になるのは、それだけ激務が続いている中で、結婚はしているのか、という部分ですよね。
結婚について情報を集めましたが、確証に至る情報はありませんでした。
しかし、谷保恵美さんが特集された番組では、左手の薬指にキラリと光る指輪があるような気がします。
もしかすると、ご結婚はされているのかもしれませんね。
お子さんは、恐らくいらっしゃらないのかと思います。
なぜなら、これだけ「休めない」仕事に就いてらっしゃるので、お子さんを産むためにお休みは取れなかったのだと想定します。
ただ谷保恵美さんは、それだけ「野球を愛している」というなのかもしれません。
これだけ体調も崩さず、連続試合担当を記録しているのは本当にすごいことですよね。
谷保恵美さんの若い頃は?
1990年にロッテオリオンズ(現・千葉ロッテマリーンズ)に球団職員として入社した谷保恵美さん。
そのころの貴重な写真がありましたので、紹介したいと思います。
引用:ジェット スリーパー
こちらの写真の一番右に写っているのが、谷保恵美さんですね。
現在も美しいな、という印象ですが、若い頃もかなりお美しいですね。
真ん中にいらっしゃるのは当時監督を務めていた、故・金田正一監督ですね。
この写真はとても貴重なものだと思います。きっと谷保恵美さんの宝物にもなっていると思います。
谷保恵美さんは、アナウンスを務め始めた当初は、かなりの苦労の連続だったそうです。
谷保恵美さんがアナウンス担当当初の映像がこちら。
今よりも若々しい感じはありますね。
もともとアナウンスとしての勉強を行っていたわけではなかった谷保恵美さんは、他球団の試合に足を運び、各球場のアナウンスをひたすら「聞きまくって」勉強をしていたそうです。
そこで、アナウンスを行うタイミングや、発音・発声をすべて独学で学び、アナウンススキルを身につけていったそうです。
もちろん、若い頃から体調には人一倍気をつけているそうで、特に喉を痛めたり、悪くしないような工夫は様々行っているとのこと。
寝るときには首にタオルを巻いて寝ているそうで、一般の方はやらないような対策までしっかり行なっているようです。
そして何より「常に明るい気持ちで」という思いを大切にアナウンスを行なってきたそうです。
谷保恵美さんとサブローの引退試合。
引用:産経フォト
ファンの中でも谷保恵美さんが最も輝いた試合として有名となっているのが、2016年限りで引退をした千葉ロッテマリーンズの功労者・サブロー選手の引退試合です。
谷保恵美さんがウグイス嬢として本格的に務めるようになってきたころに入団し、出場し始めたのがサブロー選手でした。
そこからも、ウグイス嬢として、サブロー選手と共に千葉ロッテマリーンズを支え、成長してきた谷保恵美さん。
選手とウグイス嬢という立場は全く違うものの、その「同志」の引退試合ということもあり、谷保恵美さんも特別な思いがあったようです。
これまでサブロー選手のアナウンスの際には、「サブローーーーーーー」と伸ばしてアナウンスするのがとても有名でした。
本人曰く「伸ばしたあと、どこで切ったらよいかわからなくなり、結果特徴的に伸びてしまった」ということだそうですが、
一説には、サブロー選手からのリクエストで伸ばして欲しいといわれ、伸ばしているのもあるそうです。
ファンの高揚感とともに、谷保恵美さんの「サブローーーーーーー」コールで球場はボルテージが最高潮に達していたことは言うまでもありません。
そしてサブロー選手の引退試合での谷保恵美さんのアナウンス。
最終打席で谷保恵美さんは実に7秒超えとなる「サブローーーーーーー」コールを行いました。
そんな思いの詰まった「サブローーーーーーー」コールを受けたサブロー選手は、バックネット裏にいる谷保恵美さんに向かって「サムズアップ」で応えました。
非常に2人の思いが詰まったワンシーンとなり、谷保恵美さんも思わず号泣してしまったようです。
谷保恵美さんは試合後「肩の荷が降りた」というコメントを残しており、この試合でのアナウンスは特に緊張をしたことが伝わってきます。
そんな谷保恵美さんとの素晴らしいエピソードがあるサブロー選手の引退試合はこちらでご確認ください。
ちなみにサブロー選手引退後のイベントでサブロー選手と谷保恵美さんが登場した際、久しぶりにお会いした谷保恵美さんに対してサブロー選手が「別れた奥さんに会った感じ」とコメントしています。
それほど、サブロー選手にとってもプロ野球生活の中で思い出に残る方だったのでしょうね。
千葉ロッテマリーンズを弱小時代から見続け、長きにわたるアナウンスを続けてきた谷保恵美さん。
実は、まだ優勝のアナウンスや日本一のアナウンスは行なったことがありません。
千葉ロッテマリーンズは、谷保恵美さんがアナウンスを務めてからリーグ優勝1回、日本一に2回なっているのですが、いずれもビジター主催での試合で達成したため、谷保恵美さんの前ではまだ達成できていないのです。
いつかそう遠くない日に訪れるであろう、その日まで。いや、そしてそれからも千葉ロッテマリーンズを「声」で支え続けてほしいですね。