天才プルヒッターとして巨人の黄金期を支えたスラッガー・清水隆行選手。
強打者が多くスタメンに名を連ねる中、清水さんも他の強打者に負けないバッティングセンスを誇り、名だたる投手を打ち崩してきました。
今回は、そんな清水さんについてご紹介していこうと思います。
清水隆行 読売ジャイアンツ(巨人) プロフィール(経歴,成績,出身地)
出典:http://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=091-20160815-01
名前:清水隆行
生年月日:1973年10月23日
出身地:東京都
身長:183センチ
体重:83キロ
投打:右投右打
経歴:浦和学院高校-東洋大学-読売ジャイアンツ-埼玉西武ライオンズ]
清水隆行。プロ野球・読売ジャイアンツで活躍した元プロ野球選手です。
埼玉県の浦和学院高校卒業後、首都大学の強豪である東洋大学へ進学します。リーグ通算78試合出場、253打数71安打、打率.281、6本塁打、46打点と記録し、ベストナインを4度受賞。4年生の時には野球日本代表にも選出され、銅メダルを獲得し、野球エリートとしての道を歩みました。
その後、読売ジャイアンツからドラフト3位指名を受け入団。
1年目から1軍レベルに順応し、レフトのレギュラーを獲得。そしてその年リーグ優勝にも貢献。3年目からは当時監督であった長嶋茂雄氏の「バントと併殺が少ない攻撃型の2番打者」という構想から2番打者としての起用が増え、その後の巨人を長く支える『1番セカンド仁志、2番レフト清水」という形の土台を形成していきました。
2000年には2番レフトでレギュラー出場し、当時NPB史上10人目となる規定打席到達且つ併殺打0という記録を達成し、チーム3年ぶりのリーグ優勝と6年ぶりの日本一に貢献。
最も脂が乗った2002年。新監督の原辰徳氏から1番打者として起用され、シーズン最多安打のタイトルを獲得しキャリアハイの成績を達成。更にはリーグ優勝・日本一も達成しました。
その後もチャンスに強い打撃でチームに貢献していきましが、ジャイアンツ晩年は怪我や若手の台頭、外国人選手の補強により試合出場が激減し、2008年シーズン終了後、自ら志願し金銭トレードで西武ライオンズに移籍。
しかし西武移籍後も全盛期のような成績は残せず、2009年に現役引退となりました。
引退後は野球解説者、指導者など、幅広く活躍されています。
清水隆行の現在
清水さんは現在野球評論家として、様々なメディアで解説を務めています。
主に日本テレビでの巨人戦野球解説者を行なっていますが、その他にもスポーツ報知の野球評論家、ラジオ日本の野球解説者やBS-TBSのパ・リーグ中継の解説者にも出演しています。
清水さんの現役時代の経験や選手の特徴を捉えた解説は、野球未経験者でも楽しめるような内容になっているので、皆さんも是非聞いてみてほしいです。
また、東京ドームでは、『レジェンズシート』という席種があり、巨人のOBとビジターチーム(相手チーム)のOBが1名ずつの解説を聞きながら観戦ができるシートが存在します。
このレジェンズシートにも清水さんは解説者として参加する機会があるので、気になる方は是非このシートで解説を楽しんでみてください!
清水隆行の現役時代は弱肩で守備力低い?動画で確認
天才プルヒッターの異名を誇り、打撃の印象が強い清水さんですが、本人には申し訳ないですがファンの中では守備力が低いイメージがあります。(個人差があるので、ご了承下さい。。)
その理由ですが、松井秀喜さんや高橋由伸さんと共に長らく巨人の外野を守ってきたせいか、守備力が低く、肩が弱いと言われていたのかもしれません。
守備力が低く、肩が弱いと揶揄されていますが、上記の動画の通り、阪神タイガースで活躍し、俊足選手であった赤星憲広さんを捕殺した経験もあるので、決して守備力が低いわけではなさそうですね。
清水隆行 応援歌と歌詞
巨人ファンならお馴染みの清水さんの現役時代の応援歌です。
【旧応援歌 歌詞】
勝利へ導け弾丸ライナー 大空向かって飛んでゆけ ライトへ清水 レフトへ清水 ソレソレ ホームラン
【新応援歌 歌詞】
バットを構えりゃ度胸が座る フォークやシンカー何でも来い 頼むぞ清水 決めろよ清水 とどめのホームラン
清水隆行の登場曲
清水さんの現役時代の登場曲ですが、ペットショップボーイズの「Go West」という曲です。
この曲は1970年代後半から1980年代前半にかけて一世を風靡した、アメリカのディスコグループ、ヴィレッジ・ピープルの代表曲の1つで、野球だけではなくサッカーでも多く使用される楽曲となっています。