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鈴木啓示(近鉄)野茂英雄との確執!現在や球速,監督時代について

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ミスターバファローズと言えば鈴木啓示さんではないでしょうか。バファローズ一筋で20年間の現役時代に積み重ねた勝ち星は317。

気迫あふれる直球勝負でバファローズファンをいつもワクワクさせていた鈴木啓示さん。その凄すぎる現役時代と、あまり評判の良くなかった監督時代。野茂英雄さんとの関係などを調査してみましたので、最後までお楽しみください。

鈴木啓示(元近鉄バファローズ)プロフィール・出身地

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https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190907-00000004-baseballo-base

1947年9月28日生まれ、兵庫県西脇市出身、身長181㎝、体重86㎏

終戦から2年後に生まれた鈴木啓示さんは、プロ野球選手に育てたいという父親から4歳の頃に利き手である右腕を骨折をした際、左利きに矯正されたそうです。

育英高等学校に進学後、1965年に春のセンバツに投手として出場。その年のドラフト会議で近鉄バファローズから2位指名を受け入団。

入団1年目から10勝をあげ1968年8月8日にはノーヒットノーランを達成。誰もが認める近鉄バファローズのエースとなりました。

15年連続二桁勝利、1969年には24勝をあげ最多勝。1971年9月9日に二度目のノーヒットノーランを達成しました。

1967年から1972年にかけては6年連続で最多奪三振に輝きました。1977年には200勝を達成。1978年はキャリアハイの25勝。10試合連続完投勝利を記録。この記録は当時の日本新記録でした。しかし、その年に優勝がかかった阪急との藤井寺対決で敗退してしまう。

そして1979年、1980年には彼岸のリーグ制覇。しかし、鈴木啓示さん本人の成績は落ち込んでいきました。

1981年にはわずか5勝となりチームも最下位となりました。しかし1984年には16勝をあげ通算300勝を達成します。

翌年の1985年のシーズン途中に現役を引退しました。

鈴木啓示と野茂英雄との確執とは?

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http://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=097-20180629-02

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1993年にバファローズの監督となった鈴木啓示さんですが、多数の選手と折り合いが合わなかったという話は有名です。

その中でも日本人メジャーリーガーのパイオニアとも言える野茂英雄さんと確執がありました。

当時、コンディショニングコーチとしてチームにいた立花龍司さんが、スパイク着用でのランニングを指示していた監督に対し、足を痛めるからという理由でやめるように進言した所、対立する事になり、その年のオフに立花龍司さんが退団するという事がありました。

立花龍司さんのトレーニングを支持していた野茂英雄さんと吉井理人さんを2軍へ落とすなどという事をしたそうです。

感情的な行動としか思えず、そんな行動をする監督の下ではやっていけないと野茂英雄さんはメジャーへ、吉井理人さんはヤクルトへと移籍をしたのだと言われています。

また、野茂英雄さんの代名詞とも言えるトルネード投法を修正させようとしたなど、野茂英雄さんとは数々の揉め事を起こしていたようです。

その後、メジャー挑戦をした野茂英雄さんに対し「人生最大の自己満足」と発言してしまいました。野茂英雄さんは「あの監督の下ではやれない」とメジャーに移籍していきました。

鈴木啓示の現在は?

現在はスポニチの評論家を務めている鈴木啓示さんですが、少年軟式野球大会「草魂カップ」で始球式を務めるなど元気な姿を見せています。

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鈴木啓示の現役時代について!若い頃の球速は?

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快速左腕投手として名を馳せていた鈴木啓示さん。そのダイナミックな投法から和製コーファックスとも呼ばれていました。

ストレートの球速は150キロを超えていたと言われています。その辺りは定かではありませんが、ストレートで真っ向勝負をしていた鈴木啓示さんは、プロ入り2年目の1967年から6年連続で奪三振王に輝いています。通算成績では3061奪三振。

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鈴木啓示の監督時代について

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https://www.buffaloes.co.jp/special/legend/miracle/bs/player/player.php

鈴木啓示さんの監督時代はと言うと、やはり野茂英雄さんとの確執で大きく評価を落としてしまった事は間違いありません。

現役時代が大投手だったが故に、選手や首脳陣へ自分の主張を通さないと気が済まないという所があったようで、自分の経験を押し付けていたように思えるような行動が多々あったようです。

鈴木啓示さんの監督時代の評価はあまり良くなかったと言えるでしょう。

「名選手必ずしも名監督ならず」だったのではないでしょうか。

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